デュボワのパブリックエデュケーション活動

"食育"-食を経済行為で扱ってしまった代償

2012年12月1日 DENTAL DIAMOND掲載

食品の生物的価値

 では、"食品の生物的価値"はいかがなものでしょうか? もちろん、野菜にしても見た目も色も美しく大きさも形も揃っていますし、肉にしても牛肉は霜降りで、鶏肉の胸肉も厚みのある軟らかい食材として、満腹中枢を刺激する"見た目"の生物的価値は確かに上がったと思います。しかし、生物に必要な食の本質的価値は、食品に含まれる成分の如何です。  生産者のなかにも、この大きなグローバリゼーションの経済原理から抜け出して、食品の生物的価値を高めていこうと心を動かして生産に取り組んでいる方がたくさんいます。オーガニック農法への流れがその一つでした。従来の農業では買い手が価格を決定するので、農家はそれを受け入れるしかありません。しかし、オーガニック農法なら農家が自分たちで価格をコントロールできると思われていました。ところが、そのオーガニック農法も既存の食品経済システムに呑み込まれてしまい、現在は低コスト高収穫によって大規模小売店で販売されています。また、国によってオーガニックの法的基準に違いがあり、その基準さえ満たしていればよいというような実態からすると、生物的価値の高い食品として流通しているとはとても言い難い状態です。  こうして進歩の象徴だった" 豊かさ" は、健康を大きく損ねる" 疾病リスク" へと変化し、肥満による合併症、あるいは糖尿病や心臓病による医療費の増大はアメリカでは5兆円以上にも及んでいます。アメリカだけではなく、肥満率の上昇はタイの托鉢僧をも襲うほど、世界的な問題なのです。  このように、今日の食品に関する経済論理は、それに依存している人間や生態系と矛盾するものになってしまっているのです。

かくして近代食文化は我々歯科医師や矯正専門医を繁栄に導いた

 長い間、近代歯科医学はう蝕や歯周病による苦痛を取り除き、修復や補綴による回復的歯科治療を中心に、歯科医師数や保険制度を充実させながら国民に提供することができました。更に、機材や薬剤の開発によって、よりレベルの高い自由診療による回復的歯科治療を同時に提供することも押し進められました。また、材料や技術の不備による再発や医原病を減少させることをも可能にし、ようやく予防的、あるいは審美的治療を広く提供できる時代になってきました。  一方、歯並びを整える技術も日進月歩で進化し、歯列矯正という歯科医療における一大専門分野も築き上げられました。更に、健康寿命をいかに手に入れるかという抗加齢医療に着手できるほど、国民の平均的口腔衛生状態は回復してきたという感を覚えます。そして抗加齢医学を攻究していくうちに"食育"という概念が再燃し、2005年に食育基本法が制定されたことで拍車がかかりました。現在、分子生物学や分子整合栄養学等の発展により、栄養価が不足した食品から十分に補給できない成分を"サプリメント"で補塡しようとするムーブメントが、先進国を覆い尽くそうとしています。歯科医院経営においても、歯ブラシやデンタルリンスといった診療外収入の獲得のために、サプリメントが予防グッズと一緒に並び始めました。  さて、"歴史は繰り返す"といいます。う蝕や歯周病の原因に蓋をすることなく、ただひたすら失った歯牙組織の修復や補綴といった治療に専念してきたこれまでの近代歯科医療。それと全く同じ概念で、今度は農畜産物の生産過程や食品の製造過程において、不足してきた人類に必要な栄養成分をサプリメントや健康食品で身体に補塡、補充しようとしているのです。従って、"サプリメントで補う" という概念は、"歯科医療における修復や補綴"の概念と何ら変わりはなく、食育における応急的、緊急的対症療法にすぎないのです。  "食育基本法"の制定は、総理大臣と12省庁の大臣、更に国家公安委員長まで参画した国家レベルの取り組みで、世界でも例を見ない法案です。生命活動の基本である"食"に関係するありとあらゆる根本的内容は、国家戦略として包括していかなければならず、人類存続のために最も重要な国際的案件でもあるのです。

 10月号の本コーナー内"The Choice"で紹介した、1939年に出版された『食生活と身体の退化』の著者で歯科医師のWA プライス博士は、1920 .1930年代に世界14 ヵ 国を周りました。そのとき彼は、当時の伝統的な自給食の生活をしている人々と、同じ民族でも白人のもたらした近代食へ移行した人々の口腔内の状態や顎顔面の形態における身体変化について生態学的調査を行い、この本のなかで詳細に報告しています。  例えば、抗加齢医学で指摘される精製した穀物で作る白米や.類、白いパン、あるいは製糖された白砂糖のような"白い精製食品"はミネラルやビタミンが不足しているという報告があります。彼は、こういった精製食品が登場する以前の玄米や全粒のライ麦パンを主食とした伝統食を続けている地域においては、そこで生きる人々のう蝕に対する強い免疫性や歯列弓や顎顔面の正常な発達、疾病に対する高い免疫性をもつ健常な身体に出会ったと記載しています。しかし、精製された小麦粉の使用、多量の白砂糖、それを大量に含んだチョコレート、缶詰製品、加糖された果物、そして反対に乳製品の摂取が大幅に減少してしまった近代食に移行した地域で出会った人は、このような免疫性が低下し、う蝕をはじめ、叢生などの不正咬合、顎顔面の変化、更にはあらゆる身体的変化を呈した人が多いと報告しています。併せて、こうした地域におけるこのような身体的問題の発現に関し、兄弟姉妹において時系列にその問題が深刻化していることも示唆しています。  また、19世紀以降の農耕、酪農において、土壌のリンやカルシウムなどのミネラル類の不足や、土壌を荒廃させてきた歴史のなかで、十分なミネラルを吸収できない牧草を食べて育った家畜から作られるバターなどの乳製品は、季節や天候によって含有ミネラル量が一定せず、極端に違うなどの指摘もしています。しかし、当時の食品メーカーにとって死活問題であったため、これらの論文はいつのまにか闇に葬られてしまった経緯があります。  抗加齢医療のなかで寿命を長くする方法として定説になっているカロリー制限について、本書とは別に、同じく1930年代半ばにラットでの実験結果で既に報告されていたのです。  現在、抗加齢医学の最前線で語られている"食育"の問題点は、1930年代には既に医学的に指摘され、現在世界中で抱える食品の諸問題と併せて、身体への影響も当時から語られていたということです。

 近代の回復的歯科医療が現在あるのも、矯正治療の発展があるのも、そして現在の食の経済活動があるのも、人類の長い歴史のうえでは過ちの"繰り返し"に過ぎず、現在の日本の政治に象徴されているような"先送り"の代償かもしれません。この根本的な問題に人類が気づくのが先か、食糧危機が先か、誰にも止めることができないことなのかもしれません。せめて、我々歯科医師が先に気づいておくべきではないでしょうか。

The Choice 彼の非凡さをこの国は見逃さなかった"料理マスター"北澤正和氏

2010年に農林水産省が創設した料理マスターズ顕彰制度。その第㆒回目に全国から柒人の料理マスターズが選ばれました。この制度は、同省のHP で下記のような趣旨が紹介されています。  日本の「食」や「食材」、「食文化」の素晴らしさや奥深さ、その魅力に誇りとこだわりを持ち続け、生産者や食品企業等と「協働」した様々な取組を通じ、これらの伝承、発展、利用、普及にかかわってきた各界の料理人等を顕彰するとともに、その更なる取組と相互の研鑽を促進することにより、我が国の農林水産業と食品産業の振興を図るとともに、観光客の来訪の増加を通じた地域の活性化や食品企業の海外展開を促進します。(農林水産省HP より抜粋)  その料理マスターズの㆒人、長野県の『職人館』店主で、自称"山猿" こと北澤正和氏は、ほぼ毎日野山を駆け巡りながら四季折々の自然の恵みを自ら漁っては蕎麦を 食べに来店したお客に" 自給食の心" を伝授してくれます。自然とは何か、環境とは何か、食とは何か、料理とは何か、人の縁とは何か、そして私たち歯科医師が取り組むべき" 食育" とは何かの問いにも閃きを与えてくれる、" 百聞は一見、いや、一会にしかず" の希有な料理人です。長野県の田んぼのど真ん中で蕎麦屋を営みながら、あるときは全国の村おこしのプロデューサーを務めたり、教育委員会で講演したり、出張料理に出かけたりと非凡な料理人で、全国から教育者や文化人、そして有名シェフたちが彼を頼って集ってきます。  " 食育" を語る前に、北澤さんの料理をいただきながら、気さくな北澤さんの話に耳を傾けてみてください。「まだまだ山里は東京の料理人の知らねー" 食のお宝"がいっぺえ眠ってるだーっ! 」と、いつも陽気に" 食とは何か" を語ってくれます。


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